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大分家庭裁判所中津支部 昭和47年(家)91号 決定 1976年4月20日

申立人 住吉キヨ子(仮名)

相手方 大井耕治(仮名) 外二名

主文

一  被相続人大井直吉の遺産である別紙第一目録記載の不動産(田、畑、宅地計一〇筆)の所有権はこれを相手方大井耕治の単独取得とする。

二  相手方大井耕治は、前項に記載のとおり遺産を取得する代償として、申立人に対し金三四〇万九、四七八円を支払え。

三  本件調停・審判の手続費用中、鑑定人白石浩に支払つた鑑定報酬(金六万二、五八〇円)は申立人がその九分の二、相手方大井耕治が同九分の七の各割合によつて負担するものとし、その余はそれぞれ支出した者の負担とする。

理由

(申立の要旨)

被相続人大井直吉は昭和四六年九月一〇日死亡したので、同人の遺産について相続が開始したが、相続人は妻である相手方大井シズ子、長女である申立人、二女である相手方本井ハル子、長男である相手方大井耕治の四名で、遺産は別紙第一目録記載の地番・地目・地積の各不動産である。

しかして、右遺産の分割につき、共同相続人である申立人および相手方らの間で協議したが、相手方大井シズ子同大井耕治は申立人に対し、金三〇万円を交付するから相続分を放棄するようにと一方的、かつ強迫的な言辞をもつて強要するだけで適正な分割を行う意思がなく、ついに右協議は不調に帰した。

よつて、民法に従つた適正妥当な分割を求めて本申立におよんだ。

なお、申立人は分割の方法として法定相続分を基準とする現物分割を妥当と考え、かつ同分割の場合は同目録記載の番号6または9の田の分割取得を希望する。

(当裁判所の認定した事実と判断)

よつて、審按するに、本件調停並びに審判事件記録添付の戸籍謄・抄本(五通)、住民票写(五通)、土地登記簿謄本(一〇通)、建物登記簿謄本(一通)、家庭裁判所調査官作成の調査報告書、鑑定人白石浩作成の鑑定書、当裁判所の白石浩ならびに申立人および相手方らに対する各審問の結果等を綜合すると、以下の事実を認めることができる(右各審問結果中後記認定に反する部分はいずれもこれを措信しない)。

一  共同相続人とその法定相続分

被相続人大井直吉は昭和四六年九月一〇日に死亡し、相続が開始したが、同人は遺言により、または第三者に委託し相続分の指定をなした等のことがなかつたため、その配偶者(妻)である相手方大井シズ子、直系卑属である長女の申立人住吉キヨ子、同二女の相手方本井ハル子、同長男の相手方大井耕治の四名が共同相続し、その法定相続分は右身分関係から相手方ヨシノが三分の一(九分の三)、その余の各相続人が各九分の二であることが明らかである。

尤も、本件記録添付の申立人・相手方ら連署の財産相続の件と題した覚書形式の書面によれば被相続人死亡後である昭和四六年一二月一二目相手方シズ子および同耕治から計三〇万円を申立人に提供することを条件として申立人が本件相続の権利を放棄する旨約したかのごとき形跡が窺われないでもないが、申立人審問の結果によれば申立人は右同日相手方シズ子同耕治から被相続人の遺産分割について協議したい旨連絡を受け右シズ子方に赴いたところ、突然同相手方らから相続分の放棄方を求められ、かつ同人等が予め作成用意してあつた前記趣旨の書面を提示されて署名方を迫られ、申立人が拒否しようとすると、相手方シズ子が申立人において相続を放棄しないなら毒薬を飲んで自殺するなどと半狂乱のようになつて泣きわめくので巳むを得ずその場述れのつもりで右書面に署名したが、真実相続分を放棄するなどの意思はなかつたので帰宅後夫の申立外住吉勇治と相談のうえ、申立代理人宇野源太郎弁護士の助言を得て同月一六日付内容証明郵便で前記相続放棄の意思表示は強迫によるものであるから取消す旨を相手方シズ子同耕治宛通知し、該書面はその頃右相手方ら方に到達したこと、ならびに右相手方らもその後の調停・審判において申立人の右趣旨による取消の意思表示を争つていないので、申立人の前記書面における署名が相続分放棄の意思表示であるとしても、右意思表示は有効に取消されたものとみるのが相当であり(民法第九六条第一項)、申立人の前記法定相続分に消長はないものというべきである。

二  相続財産

本件分割時現存する相続財産は、別紙第一目録記載の田、畑、宅地のみであつて、他に分割の対象となるべき不動産、動産、現金、預貯金等の存在を明認するに足る証拠資料は存しない。

しかして、右相続財産中、番号10の宅地は、相続開始後現在(分割時)まで相手方耕治と同シズ子が建物所有の目的で占有使用し、また番号1は自家野菜栽培目的で、同7は水稲耕作目的で、同8は苗代としていずれも同相手方らが自作し、その余の田は近隣の者に小作させているが、同小作者らとは事実上一年貸しの約束で毎年契約を更新している。

また、右各不動産についての固定資産税や公課その他の管理費用等は相手方耕治がいずれもその負担に任じている。

しかし、以上の不動産からの収益額(自作収益および小作料等法定果実の額)も、その公租・公課その他の管理費用の額も、共に明確ではない。

三  生前贈与等相続人の特別受益

相手方大井耕治は、被相続人の生前である昭和四二年三月七日、同人から別紙第二目録記載建物の贈与を受けていることが認められるが、右建物中、面積一三八・八七平方米の増改築部分は被相続人がその生前の同四一年頃旧建物を取毀わして新築したもので、当時その建築費として約二〇〇万円を支出しているが、そのうち約五〇万円は相手方耕治が出捐したものであることが窺われるので、同建物部分についてはその建築完成時において同相手方が四分の一(50/200)の潜在的持分を有したものと認めるのが相当であり、したがつて同人が被相続人から受けた特別受益、すなわち遺産分割に当り持戻し財産となるものは前記目録記載建物中の面積四六・四六平方米の部分(以下古家部分と略称する)、面積二六・四四平方米の物置(以下物置大と略称する)、面積九・九一平方米の物置(以下物置小と略称する)および面積一三八・八七平方米の部分(以下新築部分と略称する)についての持分四分の三であるとみるのが相当である。

なお、申立人および相手方ハル子はその各婚姻に際しいわゆる嫁入支度の費用を、また相手方耕治は工業高校卒業までの学費ならびにその婚姻挙式時におけるいわゆる婚礼費用を、それぞれ被相続人から受けていることが窺われるが、これらは、一般的な慣習およびそれぞれの当時における社会状態から考えて、とくに特別受益として計上すべき程度のものとは認められない。

四  相続財産および生前贈与財産の価額

相続財産および相手方直治に対する生前贈与財産の評価額は、つぎの諸点を考慮したうえ、鑑定人白石浩の鑑定結果に基づき、別紙第一目録の評価額欄および同第二目録の差引評価額欄各記載のとおりのもであると判断する。

なお、申立人、相手方らもその最終審問時の状況に徹すると、この評価額に対し、原則的には異見をさし挾んでいないものとみられる。

(イ)  農地の評価について

農地の評価については、これをすべてその収益価格によるべきものであつて、時価による算定は許されないとする考え方(昭和三九年一一月三〇日福岡高裁民事二部(ラ)第一七二号事件決定・家裁月報二二巻一号九二、一〇五頁参照)と、近隣地が宅地化されておるような農地については、これを宅地見込地としてその価格を評価することも許されるものであるとする考え方(昭和三九年五月七日東京高裁民事八部決定・家裁月報一六巻一一号一二九頁参照)との対立があるが、当裁判所としては農地の公共取得における補償について、その立地条件が参酌され、宅地可能性の有無が対価決定の要素とされておることなどとの撰衡上からも、また具体的妥当性の見地からも後者の考え方をもつて相当と考えるので、本件農地のうち現に近隣地域が宅地に造成されておつて宅地転用の可能性が高い状況にあることが認められる別紙第一目録番号1、6、9の三筆については、これを近傍類地の売買実例等を参酌し、時価方式で算定した各評価額をもつて相当であると判断し、またその余の同目録番号2ないし5、7、8の各筆については、それらが現に農耕の用に供されておるだけでなく、今後も当分の間は宅地として転換される見込みが薄いと考えられるところから、これを当該農地の粗収入より生産費や公租・公課等を差引いた結果である純益を期待利廻率(民事法定利率年五分)で逆算し資本還元するという農地の収益性から基本価格を算定するという評価方式によつた各評価額をもつて相当であると思料した。

なお、農地中、番号2ないし6および9の六筆は現に第三者に小作させている土地であるが、事実上とはいえ、小作人らとの間に一年貸しの約束で毎年契約を更新しておつて、短期賃貸借の実態を具えており、右小作人らも右収益期間の終了時ごとに相手方耕治の要求があれば異議なく返還するという態度にあることが窺われ、固定的な負担としての小作権価格を形成する程度までには至つておらない貸借関係の域にあるものと認められるので、右各号の農地の評価についてとくに小作権価格を算出認定してこれを自作所有権価格から控除して算定する等の操作はとらなかつた。

また農地からの収益ならびに、農地に対する公租・公課・管理費用も、可能であればこれを認定のうえ、収益はこれを相続財産に加えて配分し、管理費用は各相続人にその相続分に応じて負担させることとし、もつて基本財産の分割と同時に処理するということが、紛争一回処理の見地からは望ましいのであるが、前記のごとくいずれもその額を明確にできなかつたし、かつ右収益の取得も、管理費用等の負担も共に相手方耕治一人においてこれに当つてきておるので、事実上相殺的清算が済んでおるともみられ、仮りに過不足が存するとしても、その清算は相続財産の現物取得者である右相手方と他の共同相続人間に別途になされるのが本来の筋合いである(けだし、遺産分割の結果民法第九〇九条に基づき、相続財産は相続開始時に当該取得者にその所有権が帰属することとなるものであるから、取得財産についての収益の帰属も、同管理費用等の負担も共に同取得者に集中することとなるべきものである)から、本件分割においては基本財産の帰属のみを定めることとした。

(ロ)  宅地の評価について

同目録番号10の宅地は、相手方シズ子同耕治が従前から被相続人と共に同地上建物(現在相手方耕治の名義に登記がなされている)所有の目的でこれを占有使用してきたもので、同相手方らにおいて右占有使用を継続する正当性が認められ(建物保護に関する法律第一条の法意から推して)、したがつてその地位状態を保障・保護される特殊な利益が付帯しているとみてよいものであるから、その評価に際しては、当然これを考慮しなければならないものである。

そこで、右相手方らが建物所有の目的をもつて右宅地を占有使用し得る利益の価額の算定方法であるが、右利益は借地権に最も近いものと考えるのが相当であり、かつ同相手方らは被相続人と共に既に数十年の長きに亘つてこれを使用してきたという占有使用の継続性や、地上建物も現在相手方耕治名義に登記されているのでそれとの関連において法的保護に値いするという権利適格性ならびに同宅地が小都市内の農村部的地域に所在するものであるという立地条件等を綜合して判断するときは、該占有使用の利益は準借地権的利益として、右宅地の客観的価格(時価)に対する五〇%の割合に相当するものとみるのが妥当であり、これに符号する鑑定結果は正当であるというべく、したがつて分割の対象となる宅地価格は該宅地の客観的価額からその五〇%の価額を控除した価額になるものといわねばならない。

(ハ)  建物(生前贈与財産)の評価について

右建物が新築部分(一三八・八七平方米)、古家部分(四六・四六平方米)、物置大(二六・四四平方米)、物置小(九・九一平方米)の各部分から成つていることは、前に認定したとおりであるが、新築部分についてはその建築年度が明らかであつて、現在までの経過年数も比較的短いので復成式評価法(原価法及び直接法)によつて評価するのが適当であると考えられるので同評価法によつて復成現価(建築単価、同総額)を算出し、これを定額法によつて経年減価(減価償却)し現在の価額を算定するという評価方式に則つている鑑定による評価額が相当であると判断する。

ただ、建築時から分割時までは満九年を経過しているので鑑定評価額(経年減価の年数を七年としている)はその点については修正を相当とするので、当裁判所は前記評価法及び定額法に基づく算出方式{評価額=再建築費(建築単価×面積)-(1年分の減価償却額×建築時から分割時までの経過年数)}に依り、経過年数を9に修正して、分割時における新築部分建物の価額を算定した。

これによると、右価額は二六六万六、三〇四円となることがその計数上明らかである。

すなわち

30,000円×138.87-{(30,000×138.87(1-0)/25)×9} = 2,666,304円

つぎに、古家部分ならびに物置大および物置小は、その建築年度が不明で陳旧度が高く、復成式評価法に依るのは適当でないので、概ね陳旧度が等しく、用途が近似した類似建物の時価から推算するのが相当であり、これによると鑑定による各評価額は相当であり、これを不当とする反証は見当らない。

(ニ)  評価の時点について

分割の対象となる遺産の評価は、分割時を基準とするのが相当であるところ、本件遺産の価額についての鑑定は、昭和四八年七月で、本件分割審判時との間に約二年六月の時間的開きが存するのであるが、鑑定人白石浩審問の結果に依れば、この間は国土利用計画法の施行により思惑的な土地の移動が悉皆抑制され、地価も沈静化して横這い状態となり、鑑定評価の基礎となつた農林省九州農政局大分統計情報事務所字佐出張所の調査統計においても土地の価格には殆んど異動のないことが認められるので、本件鑑定による評価額をもつて分割時の評価額とすることに格別の支障はないものといわなければならない。

五  具体的相続分

前記四によると、分割時現在する遺産の総額は、一三〇二万五、一二〇円であり、また持ち戻しとなる相手方耕治に対する生前贈与(建築部分についての精在的持分四分の一を除いた建物全部)の額は、二三一万七、五二八円となるので、民法第九〇三条所定の算式{具体的相続分 = (「相続開始時の財産の価額」+「相続人らの受けた贈与の総額」×「相続分」-「その者の受けた贈与の価額」)}に則り、各相談人の受けるべき相続分の価額(具体的相続分)を算出すると、以下のとおりとなる。すなわち

(I) 分割の対象となる

遺産総額は、13,025,120円+2,317,528円 = 15,342,648円

(II) 相手方シズ子の具体的相続分は、15,342,648円×(1/3) = 5,114,215円

(III) 同ハル子の具体的相続分は、15,342,648円×(2/9) = 3,409,477円

(IV) 申立人キヨ子の具体的相続分は、15,342,648円×(2/9) = 3,409,477円

(V) 相手方耕治の具体的相続分は、15,342,648円×(2/9)-2,317,528円 = 109万1,949円

(以上いずれも、円位未満については、小額通貨の整理および支払金の端数計算に関する法律第11条第1項により四捨五入する。)

となり、右四捨五入計算の結果、右各相続人取得分の合計額は遺産総額より二円寡額となるので、その調整符合をはかり、かつ実質上の衡平を期する見地から相手方ハル子と申立人の各具体的相続分の額に各一円宛を加算することとする。

そうすると、結局

相手方シズ子の具体的相続分は

五一一万四、二一五円

同ハル子の具体的相続分は

三四〇万九、四七八円

申立人キヨ子の具体的相続分は

三四〇万九、四七八円

相手方耕治の具体的相続分は

一〇九万一、九四九円

となることが、その計数上明らかである。

六  各相続人の職業、生活状況、分割についての希望等

(イ)  申立人(大正一三年三月一〇日生)は、被相続人の長女で、尋常高等小学校高等科卒業後看護婦養成所(修業年限一年)を出て准看護婦となり約六年間病院勤務後現在の夫住吉勇治(大正一一年三月二一日生)と婚姻した。夫勇治は工作機械商、製粉業等を自営後昭和三一年蛇の目ミシン工業株式会社に入社し、本件相続開始時は同会社の東京○○○支店長をしていたが、その後同会社××支店長に転じ、同四九年九月同会社を退職し、現在同市内に事務所を設け、従業員一二、三名を使用する「株式会社九州△△△センター」という教育関係図書の販売を営業とする会社の代表取締役をしており、月収約二〇万円を得ている。

なお、同四八年一二月同市大字○○に約一〇〇坪の土地を購入して建坪約三〇坪の家屋を建て、これに申立人夫婦が居住している。

家族は、同夫婦のほかに、夫の母(姑、七四歳)、長男(蛇ノ目ミシン××支店長、三〇歳)、二男(○○ハウス株式会社△△支店営業課員、二三歳)の三名がおるが、右長、二男は各その勤務地(××市、△△市)に居住し、また姑も××市内の老人福祉センターに入院中で、現在のところ住宅建設等のため土地を必要とする差し迫つた事情にはないが、夫勇治は高血圧でもあるので将来は○○ハウスに勤めている二男を呼び寄せて前記の教育図書販売業を継がせたい意向であり、同人帰郷の際の住宅建設のために本件遺産の中から宅地転用の可能性がある第一目録番号6もしくは9の農地の分割取得を熱望している。

被相続人は、その生前右勇治との間に感情的な疎隔があつたが、その関係で申立人夫婦と相手方耕治同シズ子との間にも厳しい感情的な対立が尾を曳いており、本件調停・審判の間にも両者はむき出しの敵意を示し合い、調停委員会・審判官の何十回に亘る調停・斡旋にもかかわらず、残念ながらついに宥和をみるにいたらなかつた。

(ロ)  相手方耕治(昭和九年四月三〇日生)は、被相続人の長男で、県立○○工業高校卒業後××製鉄(現新△△)に入社し、現在同会社中堅社員として、家族(妻三九歳、長男一八歳、長女一六歳および実母である相手方シズ子)を扶養して、猶十分余裕のある生活を営んでいる。

本件遺産中の第一目録番号10の土地上にある第二目録記載の建物に右家族と居住し、前記会社へ通勤している。

第一目録2ないし6および9の各田は現在他人に貸しているが、子供が大きくなつたので漸次返還を受け妻千代子と相手方シズ子においてこれを耕作するようにし、将来相手方耕治の定年退職後は同人も積極的に耕作に加わる意思をもつている。

そのような自耕作意図と申立人夫婦との確執から右現物を分割して申立人に取得させることには強く反対している。

(ハ)  相手方シズ子(明治三三年八月二〇日生)は、被相続人の妻で、相手方耕治およびその家族と同居し、自作畑の耕作等を手伝つている。

右耕治ともども祖先伝来の土地を絶対手離したくないという強い希望を有し、かつ同耕治と同一世帯にあるため、本件遺産分割により同女が受けるべき具体的相続分はすべて相手方耕治の取得とすべきことを主張している。

(ニ)  相手方ハル子(昭和二年九月一七日生)は、被相続人の二女で、家族は夫秀司(大正六年九月二五日生)と、成人して鉄工所や団体事務所に勤めている長、二男ならびに夫の母(姑で、かつ実の叔母、六八歳)の四名で、水田一町四反、畑二反を耕作して、生活に余裕があり、なお相手方シズ子同耕治とは相互に親近感が強く、右シズ子同様自己の受けるべき具体的相続分はすべて相手方耕治の取得とすることを希望している。

七  分割方法とその事由及び分割の内容

以上認定のような被相続人の遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の職業、生活状態、分割に関する各自の希望その他一切の事情を勘案するときは、別紙第一目録記載の土地はこれを全部相手方耕治に取得させ、その他の各相続人にはその代償として右耕治より各具体的相続分相当の金員を支払わせることを相当とするところ、相手方シズ子同ハル子は同人らの各具体的相続分を同耕治に併わせ取得させ自分らは全くその分割取得を欲しない旨強く主張しているので、相手方耕治にはその相続分を超過して相続財産を取得する代償として申立人に対してのみ同人の前記具体的相続分に相当する金三四〇万九、四七八円を支払わせることとする。

尤もかかる分割方法は、相手方シズ子同ハル子については実質上相続分の放棄、もしくは遺産の分割と贈与との混合契約的な法律効果を生ずると何ら択ぶところなき結果を来たすわけであるが、民法は遺産分割について、その基準を定める(同法第九〇六条)だけであつて、相続人が協議により自ら遺産を全く取得しないことにしたり、その取得しない分を他の共同相続人に併わせ取得させるようにしたりすることを毫も禁じておらず、そのような内容を審判で定めることも分割についての当事者の希望その他同条所定の一切の事情を考慮のうえで、当然可能のことに属し、なお遺産分割は要式行為ではなく、遺産を取得しない者についても相続放棄申述の方式その他これに類する手続を必要とせず、また自己の取得分を他の共同相続人の取得分に含ましめる場合においても必らずしも相続分の譲渡契約ないし贈与の行為を必要とするものではないから、前記の分割方法はもとより許されるものといわなければならない。

なお、申立人は前記のごとく現物の取得を熱望しておるのであるが、前記六で触れたように同人自身としては現在土地を取得する差し迫つた必要はなく(二男の帰郷ということは現時点においては将来の不確定な事実である)、かつ住宅建設目的のための土地の購入取得は現在の○○市およびその周辺の土地事情からみて決して困難とはいえず、代償金をもつてこれを購うことも十分可能なので、前記のごとく父祖伝来の土地を確保し、これを絶対手離したくないという相手方シズ子(申立人の実母)同耕治(祖先の祭祀執行者)の執念にまで近い願望・主張を無視して申立人に現物分割することは、右両者の対立を一層深め将来永く母子・姉弟の肉親の情誼を閉ざすことになり、親族平和のため相当でないと思料されるので、前叙のごとく分割することとした次第である。

八  そこで、家事審判法第七条、非訟事件手続法第二七条に則り、本件調停・審判費用のうち、鑑定人白石浩に支払つた鑑定報酬(計金六万二、五八〇円)は、現実の遺産取得分に応じ、申立人がその九分の二、相手方耕治がその九分の七の各割合によつて負担すべきものとし、その余はそれぞれ支出した者の負担とする。

よつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 石川晴雄)

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